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                          筆名 出雲 隼凱

   依頼(その1)                  

「桃ちゃんちょっとこっちにおいで」
幾田小町は日本から苦労して連れてきた大切な5匹の猫のうち最年長の白と黒が程よく混ざり合った毛色の大きな猫を両手で挟むように持ち上げると膝の上に乗せた。2,3度頭を撫でると手にしていた首輪を丁寧につけてあげた。その猫がメスなので気を使って赤い色の首輪を選んであげた。これで全ての飼い猫に首輪を付け終わった。小町は猫をそっと床に降ろすと古い木製の椅子からゆっくりと腰を上げた。最初どの猫も慣れないらしく後ろ足で首元を掻くような仕草をしていた。しばらくするとその仕草に飽きてしまったかのように付けられた首輪を気にはしなくなり、皆各々違うことをし始めた。のっそり歩き出す猫、毛繕いをする猫、そのまま倒れ込むように寝てしまう猫もいた。
「じゃ、ご飯にしますか」
小町は台所の方に身体を向け直しゆっくりと歩いていった。すると全ての猫が一斉に足元に群がった。5匹とも飼い主の言っていることを理解しているようだった。その証拠に何も言わずに台所に立った時は猫達は寄ってこようとはしなかった。台所の下に入れてある猫用のドライフードと缶詰に入った生タイプのキャットフードが猫たちの餌だった。自分の食事には殆ど気を使わない小町だったが、猫の餌には健康のためにと高価なものをいつも用意していた。増してやそれらの餌を切らしたことは一度たりとも無かった。きちんと洗った猫用のお皿にいつもの量の餌を盛るとそれにがっつく猫もいれば、ゆっくり味わって食べるのもいれば、匂いだけ嗅いでそっぽを向いてさっきまで寝ていたお気に入りの場所に戻ってしまうのもいた。いつものことなので小町も気にはしていなかった。
 小町の猫好きは近所でも評判になり、彼女が猫をかわいがるのを見て近所の家でも飼い始まる程だった。小町は近所の子供達が猫に意地悪をしたりすると注意した。それだけではなく通りかかる勢いのいいトラックのドライバーにまでもそうしていた。終いには彼女の住む地域で猫は神様のような扱いになり猫がいじめられたりするようなことはなくなった。
 小町が親しくしている隣の家の夫婦も例外ではなく一匹の猫を飼い始めた。小町は隣の夫婦が猫を飼い始めた頃から彼等を信用し始め、家の中のことを任せるようになっていた。その妻のマリーは小町の家の掃除や身の回りのことを世話していた。小町が外出して猫たちに餌をあげられないようなときは猫の世話もしていた。小町が病気で寝込むようなことがあれば料理や洗濯までしていた。猫を中心として小町の平凡な毎日が続いていた。
 黒くゆっくりとうねる海面が朧な月の光に照らされ神秘的な夜の絵画を闇に描き出していた。肌理の細かい乳白色の砂が微細な海流に捲きあげられ遠浅の海の底を薄く這うように動いていた。海は岸から離れていくに連れ叙々に深さを増していった。深くなるに連れ海底には大小の無数の岩が頭を覗かせた。岩陰には色とりどりの大小様々な魚達が夜の恐怖を耐えながら身を隠していた。海底から上を見上げるとそこには見たことも無い幻想的な月が魅惑と疑惑の入り混じった光を投げかけ、海面で屈折されたその光はオーロラのように海の中に散っていった。岩と岩の間に前後左右に揺れ動く白い塊がその月明かりに照らし出されていた。その塊の影にも黒と白の縞模様を彩った小さな魚が数匹身を隠していた。その塊は寂しげな女を形取っているように見えた。真っ白なTシャツが微妙にうねっていた。2つの眼は柔らかく閉じられ、唇は薄暗く細長い小さな洞窟の入り口を形取っているように見えた。その悲しい女の水死体は時間が経つに連れ弱い海流に揺られながらゆっくり海面へと浮かんでいった。

 強いブルーの色を放つ海からほんのりと海の匂いを伴って潮風が坂道を駆け上がってきた。潮風に遊ばれるようにココナッツの細長い葉が揺れていた。巨大なアカシアの老木のドームのような枝葉を通して太陽の光が辺りをふんわりと包みこむような網目模様の陰を作り出していた。空はどこまでも青く澄み渡り、遥か上空をゆっくりと横切っていく雲は子供達の興味をそそる様々な形に変幻していった。
子供達を学校に送り出し自分の家の家事を済ませたマリーがいつものように小町の家の庭を掃き始めると、制服姿の警官が1人ゆっくりと坂を上り近づいてきた。50歳前後の色の浅黒い男だった。
「こんにちは。この辺に日本人女性が住んでいると聞いたのですがご存知ありませんか」
マリーはほんの少し呆気に取られて口を半開きにさせた。彼女が掃いているのは紛れもなくその日本人女性の家の庭先である。小さな間を置いたが顔をしかめて返答した。
「ええ、ここですが…。ただまだ寝てると思いますよ」
小町は朝起きるのが苦手な女だった。夜寝るのも遅かった。いつも朝11時を過ぎないと起きて来た例がない。だがこのとき既に12時を過ぎようとしていた。マリーにとってはいつものことなので然程気にはしていなかった。
「いるかいないかだけでも確認できないでしょうか」
マリーはまたしかめ面をして見せた。今度はさっきよりもっと醜い顔を作って見せた。マリーは小町を起こすことに乗り気ではなかった。以前マリーが朝の10時頃に小町を起こしてしまったとき一日中不機嫌な顔をされたのを覚えているからだ。その時まで10時というのはマリーにとって世の中の全ての人が寝床から離れ、当たり前のようにそれぞれの生活を営んでいる常識的な時間だった。それはマリーの常識が音も無く崩れ去った瞬間だった。ただこの時は警官のしつこさに負けて仕方なく玄関に近づいていった。
「おはよう、小町、警察が来てるよ」
何度かノックしてみたが返事は一向に返ってはこなかった。マリーはまた小町の機嫌を悪くさせてしまったのではないかとほんの少し不安になった。仕方がないので小町が猫の出入りのためにいつも少しだけ開け放しておく窓から覗いてみることにした。
 開いている窓の隙間から右手を少しだけ差し込んでカーテンをチラッと寄せてみた。その隙間に左目を当てて中を覗いてみたがベッドの上にも小町の姿を確認することはできなかった。どうやら猫達は5匹ともいるようだ。どの猫も不思議そうに窓の隙間に現れたマリーの丸く大きな左目を睨んでいた。
「トイレかしら…、小町、 小町…」
今まで隙間に当てていた左目をそこから離し、その代わりに口を当てて大声で呼んでみた。やはり返事は無かった。
 家の中の様子に気を取られていたマリーは警官が背後に来ていたことに気が付かなかった。警官に急に話し掛けられた時彼女の胃袋のほぼ半分は口の中にあった。
「あの…、実は今朝この下の海岸に日本人らしい女性の水死体が上がったんですが、困ったことに身元を証明する物が何も無いんですよ。それで日本人の家を探しているのですが、この辺りに一軒あると聞きましてね…、こうしてこちらへお伺いした訳なんです。どうやら不在のようですね。顔見知りのようだし、どうでしょう、貴方、確認してみてくれませんかね。すぐそこの海岸ですから」
警官は海の方を指差して見せた。マリーはそれを聞いてほんの少し不安になった。それまで朝家にいなかったことのない小町が留守にしていることと警官の話を重ね合わせてみると、小町の水死体がほんの一瞬だが脳裏を横切っていった。マリーは身震いした。頭を小さく左右に振った。警官はそのマリーの身震いと小さな仕草には気づかなかったような顔をして後に振り向いて先に歩き出始めた。マリーは仕方なさそうに警官の後を小走りで追い始めた。

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