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                          筆名 出雲 隼凱
  首輪(其の2)

 部屋に戻るとさっきまでの薄オレンジ色の夕陽は跡形も無く消え去り、その代わりに薄暗い蛍光灯が照らし出す何の変哲も無いダブルベッドがそこに横たわっているだけだった。外出前の仮眠のせいか眠気に襲われることは無かった。かえってビールの酔いが山瀬の神経を尖らせていた。山瀬は小町の携帯電話の記憶している電話番号から何か情報が得られるのではないかと、まだ見てもいないその携帯電話を頭の中で想像していた。結局のところ彼の神経を尖らせているビールの酔いが覚め始めると考えることに嫌気が差し、そのばかげた思考を停止させることに殆ど時間はかからなかった。
「そんなもの自分が調べる前に当然警察が先に調べているはずだ」捨て鉢な考えが山瀬の頭の中を占領し始めていた。
 朝起きて直ぐにシャワーを浴びるのがフィリピンに滞在するときの山瀬の習慣だった。目が覚めるというのも理由の一つだったが、「朝シャワーを浴びると身体にいいんだよ」と以前フィリピン人の老婆に言われたことが頭のどこかに巣食っていて、どうしても拭い捨てられないでいるのがもう一つの理由だった。シャワーを浴び終わり軽く身支度を整えて階下に降りるとアイリーンが何気ない顔をして朝の挨拶を投げかけてきた。
「おはよう、山瀬さん」
忙しそうに見えたアイリーンを気遣うように山瀬はそのまま空いている席を見つけ腰を落ち着けた。何人かの外国人が宿泊しているらしく、無料の朝食とコーヒーを目当てにテーブルを埋めていた。そうは言っても結局は山瀬もその中の一人だということに気づくとほんの少し恥ずかしくなった。アイリーンが注文を取るために山瀬の座っているテーブルに近づいてきた。注文といっても宿泊についてくる朝食をライスにするのかそれともパンにするのかを選ぶだけだった。
「ライスでお願いするよ。ねえ、やっぱりアイリーンも小町のこと知ってるの」
山瀬はタイミングを見計らって声を出した。
「ええ、知っているわよ。小さい島だから外国人が住み着くとすぐ噂が流れるの。増してや外国人が自殺したなんて言うとこの島じゃ大騒ぎだもの」
アイリーンは個人的には小町を知らないようで、特別悲しんでいるような感じはなかった。小町の家のある場所を大まかに教えてくれたが、昨夜の海岸への道案内と同じように幾分理解し難かった。しかし意外にあっさりと小町の家の場所が分かったことに山瀬は満足感を感じていた。小町の母、幾田優子から小町の住所は聞いていたが、この小さな島に初めて来た山瀬にとってはただのアルファベットの羅列でしかなかった。
 部屋に戻った山瀬は地図で小町の家の場所を確かめてみたが、然程遠い場所ではないことが分かった。早速用意してきた小さなデーパックに必要なものを押し込んで出掛けることにした。必要なものと言ってもデジタルカメラとメモ帳、鉛筆、喉が渇いたときに飲むミネラルウォーターくらいなものである。金目のものはバッグに入れないのが山瀬の主義だった。
 カウンターで鍵をアイリーンに預けながらこの島の交通事情を知ろうと訪ねてみた。
「トライシクルでいくらくらいかな」
「多分10ペソか12ペソくらいだと思うわ。バスも走っているから訊いてみるといいかも」
山瀬はアイリーンに簡単に礼を言うとカウンターを離れた。
 外に出てみるとまだ朝だというのに太陽の熱さは確実に大地にまで届いているらしく、熱気と湿気が身体中にまつわりついてきた。既に町の小さな商店はその熱気を吸い込むがごとくその扉を開いていた。ほんの少し歩いてみると、直ぐにトライシクルの乗り場が目に入った。乗り場と言っても只単にトライシクルが路上に列を成して並んでいるだけのことだ。山瀬は一番先頭だと思われるトライシクルに乗り込んだ。既に2人の客が乗っていたので、彼はバイクの後部座席に座ることにした。乗り合いのタクシーみたいなものなのでもう2,3人客が乗らなければ出発しない。流れ出る汗がまるで蟻が身体中を歩き回っているような気がした。運よく数分後には山瀬の乗るトライシクルに2人の乗客が加わり難無く出発することが出来た。
 走り出すとさっきまでの熱さは嘘のようにどこかへ消え去っていった。海から吹きつける潮風とトライシクルが作る風が山瀬の汗ばんだ身体を乾かすのに然程の時間はかからなかった。海は青くところどころに漁師達の小さなボートが浮いていた。昨夜と同様殆どと言っていい程波は無く、波打ち際もまるで静かな湖の畔ような感覚を山瀬に与えていた。山瀬はその流れるようなスライドショーにいつまでも気を取られていた。ふと地区名が書かれた看板が流れていくのが目に入った。小町の家のある地区名だった。
「止めて」
エンジン音が大きいせいか山瀬の声も幾分大きくなっていた。トライシクルは叙々にスピードを緩めていき、ついには道路の右側で完全に動かなくなった。止まるのと同時に飛び降りた。
「いくら」
山瀬はハンドルを握ったまま顔を前に向けているドライバーに料金を尋ねた。
「10ペソ」
まだ朝だというのにサングラスを掛け、一度も目を合わせようとしないドライバーは少し考えているようだったが結局そう答えた。他の客の手前、値段を吹っかけるのは避けたようだ。言われた通りの値段を支払うと、トライシクルはまたエンジン音を高くしながら風の中を走り去って行った。
 降り立った場所で辺りを見回してみたが道を尋ねられるような歩いている人影は見当たらなかった。
「まいったなこりゃ」
仕方ないので少し歩いてみることにした。2,3分歩くと、さっきまで消え失せていた汗がまた額を伝って熱い路面に落ちていった。海から吹いてくる弱い潮風が山瀬にとっては気休めに感じられた。 
 前方に何件かの民家が立ち並んでいるのが見えた。前を通りかかった時ちらっと覗いてみると何やら店のような格好をしている。足を止めてよく確かめてみると間違いなくそれは店だった。乾物屋と言えばいいのだろうか。それとも雑貨屋と言えばいのだろうか。鉄格子の掛けられた大きな窓から中を覗いてみた。中は薄暗く、売っている物を全て把握するのは難しく思えた。
「こんにちは」
「ハーイ ちょっと待って…」
店の雰囲気とは裏腹に張りのある明るい感じの声が店の中に響いた。20才前後の若い女性が顔を出した。声の質と同じように彼女の持つ雰囲気にも明るさが感じられる。気のせいかさっきまで暗かった店の中に灯りが燈されたような印象を与えられた。
「ちょっとすみません。この辺に日本人で亡くなられた小町さんって人の家はありませんかね」
「ああ、小町の家ね。この先1kmくらい行くと左に小高くなったところに登っていく坂道があるから、その坂道を登ってすぐよ」
考える時間はこれっぽっちも無かった。即答というのはこのことを言うのだろうと思った。それだけ答えると彼女は直ぐに奥へ引き返してしまった。奥の方から声が聞こえる。話し声が子供に対する声色に聞こえたので、子供が奥にいるのが直ぐに分かった。目印くらいは聞きたかったが、また呼び戻すのには気が引けてほんの少しの間呆然としてそこに立ち尽くしていた。
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